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第4回 菅原洋介(CTO)との出会い

2017.10.15

Norio Kuriyama

ユニラボを説明するにおいて、菅原洋介という男を紹介しない訳にはいかないでしょう。

菅原さんは弊社サービスのエンジンを次々に開発するスゴ腕エンジニアです。

複雑なロジック設計を好み、解析困難なビッグデータから意味合いを見出したりするのが得意らしく、サーバー設定から、プログラミング、自分でオリジナルなフレームワークまで作ってしまういわゆるフルスタックエンジニアです。

 

神として崇められ、皆から信頼されている菅原さんですが、出会ったときは茶髪で、話を聞けばいろいろやんちゃな面もあったり、今とは違い痩せていてカッコ良かったです。

今は2児のパパとして、子育てにも全力投球中ですが、出会ったときと変わらず、仕事は日本一流でプロ級、どんなことがあってもブレずにまい進するタイプです。

 

もし、菅原さんと出会っていなければ…

もし、菅原さんではないCTOと起業していたら…

 

と考えると、今の私やユニラボはなかっただろうと思います。

会社の要である「技術」を統括する菅原さんには全身全霊の信頼を置いています。

 

少しだけこのコラムをお借りして、菅原さんの人となりをご紹介していきます。

菅原さんは1976年8月、千葉県柏市で生まれました。高校時代からプログラミングを始め、同級生にオリジナルのゲームを配布しては皆で楽しんでいたそうです。

 

卒業後は、幼少期より憧れだった現スクウェア・エニックスに入社するも、単調な仕事が多く、毎日退屈してしまいすぐに辞めてしまったそうです。

その後は難しい組み込み系のプログラミングの仕事にもチャレンジしていきました。

 

その後、iモードが登場した頃、NTTドコモの支店総務部などを経て、本社人事部に配属、溜池山王のあの本社ビルに泊まり込みで仕事に没頭し、徹夜で人事システムを作っていた話を聞いて、本当に凄い人だなぁと感動しました。

 

その後、自身でシステム開発会社を創業し一時は十名ほどの技術者がいたそうです。

開発会社のあとは事業家に転身し、衣装製造販売のECサイト運営を始めますが、この衣装販売の話はとても面白いです。衣装とはコスプレ衣装のことで、自ら中国に出向き、縫製工場と契約し製造、流通、販売まで手がけてしまったのです。

プログラミングしか経験のない菅原さんがたった1人で中国に行き、通訳を雇い、事業開発する昔話は、彼の粘り強さであり、やりきる力を感じるエピソードとして

弊社でも有名な話です。ちなみにこの衣装販売、かなり儲かっていたそうですよ。

その後、いろいろあって私と一緒に事業を立ち上げていくことになりました。

 

※菅原さんが手がけていた衣装会社の商品画像

 

ユニラボの創業時はオフィスがなかったため、菅原さんは柏の自宅でひたすら開発をしてくれました。

私の要件定義書とは言えない拙いメモ書きをすぐに理解してくれて、翌日には動くようにしてくれた心地よさは今でも忘れません。

 

最近は弊社も組織らしくなってきて、菅原さんが作ったものという肌感や手触りは少なくなってきましたが、当時はでき上がったものに触れるのが嬉しくて嬉しくて、何度も自分の手で触って手応えを確認していたものです。

 

この菅原さんというエンジニアであれば、ユーザーに受け入れられるサービスを創れるぞ、と確信を持ち、いつからか起業の相棒となっていました。

1ヵ月に1度だけ柏に行き、飲みながらこれから立ち上げるビジネスの話をしたりしながら、時間をかけて信頼関係を作っていきました。

 

当時、彼はとあるパチスロ解析ツールづくりにハマっていました。

世の中にある解析ツールは、自分でデータを蓄積していく単純な計測器程度のものですが、彼の構想はこうです。

「スロット機も所詮機械によって動いているので、必ずロジックを究明できるはず」。

そのデータを蓄積していけば、当選確率の波をつかめるようになるかもしれないとのことで、始まった壮大な個人プロジェクト。

東大卒の数学の天才にもお墨付きをもらい、データの確かさに近づくために、丸1年もかけたそうです。このプロダクトは現在もβ版として知人にのみ提供しているようです。

 

衣装販売の話もパチスロの話も、彼が集中したときのスピード感や、やりきる力は、これまでに仕事をしてきた誰よりもレベルが高く、尊敬しているところです。

また、彼の凄さはやはりシリアルアントレプレナー(連続起業家)というと今風でカッコ良いのですが、根幹は事業家であるということでしょう。

私の気持ちを汲み取ってくれたり、メンバーの扱いもとてもうまいのです。

 

事業家でもあり、エンジニアでもあり、2児のパパでもあり、いろいろな顔を持つ菅原さんですが、「圧倒的存在感」がある弊社の支柱として、これまでも、そしてこれからも会社を支えていってくれるという確信を持っています。

 

※開発画面に向き合う菅原さん(2015年、西五反田オフィスにて)